シアトルを歩けばすぐ目に入ってくる、「Give me a cash.」と書かれたボードを持ち道に佇む人々。増え続けるホームレス人口に、シアトルは頭を抱えてきた。
住宅都市開発省の調査によると、シアトルのホームレスの数は1万122人と推定され、ニューヨーク( 7 万5 3 2 3 人)、ロサンゼルス( 4万1174人) に次ぐ全米第3位。1 月に行われた町中で眠るホームレスの数を数える「One Count Night」では、夜中の3時間で2942人のホームレスがシアトル市内の路上で発見された。
問題を深刻と見たシアトル市は昨年11 月に非常事態宣言を出し、700万㌦を予算に追加、シェルターや、低所得者向けの住宅の増築など対策に乗り出している。しかし、目に見える成果はまだ出ていない。
この問題は市内インターナショナル・ディストリクト(I D)地区でも喫緊の課題だ。11 日にはI D 近くにあるホームレスシェルターのニッケルスビスが、利用者と土地所有者の間の係争の末解体された。1月にはI Dに近いホームレスキャンプでの銃撃事件でホームレス2名が死亡、3名が重軽傷を負った。逮捕された3 人の少年もホームレスだった。
今シアトルで、またIDで何が起こっているのか。ホームレス問題に詳しい3 つの団体に聞いてみた。
手の届かない家賃
「低所得者にとって、今シアトルで家を借りるのは非常に難しい」――。ID 内日本町にオフィスを構え、低所得者向けの住宅を約50 年間にわたり提供している非営利団体「InterIm」のジル・ワースバーグ広報部長はこう語る。
新しい企業が集まり活気に溢れる側面が強調される一方、上がり続ける家賃を払える低所得者は少ない。家賃は収入の3割以下が望ましいとされている中で、収入の半分以上を家賃に費やしている人も多いという。
家賃が払えなくなり立ち退き命令が出た後、次に住む家のあてのない人々を待つのは路上生活だ。「ホームレスを防ぐためには、低所得者でも払い続けられる家賃の住居を確保することが重要。シアトルの低所得者用住居の数はまだ足りていない」とワースバーグ氏は訴える。
若者もホームレスに
ホームレスになる危機に晒されているのは大人だけではない。ワ州教育省によると路上を含め自宅以外で生活を送るユース・ホームレスは3万5千人以上とされる。セクシャルアイデンティティや精神的な病、親からの虐待や家庭の貧困など、様々な要因が12 歳から24 歳までの若者を路上生活へと追い込んでいる。
就職難といった社会問題も要因の一つだ。ユース・ホームレス支援団体「Youth Care」のエリザベス・トラウトマン氏は、「若者がホームレスになる原因は一つに限らず、異なる要因がいくつも重なり合っている場合が多い。ただ皆に共通するのは、誰もが自分から選んでホームレスになったわけではないということです」と訴えた。
ユース・ホームレスがドラッグなどの犯罪に携わる可能性も高いという。トラウトマン氏は、「路上は誰にとっても危険な場所。そこで過ごすホームレスの若者達は社会的に弱く、ドラッグや犯罪に彼らを誘い込もうとする大人の餌食になりやすい。彼らは犯罪に手を染めやすい環境にいる」と語る。
ユース・ホームレスは心も体も発育途中で、トラウマを抱え大人を信用していない子供も多い。シェルターや就職支援など、彼らに焦点を絞った支援は不足している。
ホームレスの増加と治安の関係
「昨年8 月のダニー・チン氏殺害事件以降、IDの住民から治安について不安の声をよく聞くようになった」と語るのは、同地でパブリック・セーフティに携わる非営利団体「IDEA Space」のジェミー・リー氏だ。
IDではジャクソン、キング両通りのI―5高架下などでホームレスを多く見かけることができる。昨年夏のチン氏殺害事件により、生活安全の前線に立っていたリーダーを失い、ホームレスの急増を目の当たりにすることで住民の不安は募り続けている。一方、リー氏はホームレスの増加と治安の悪化の関係について、「一番犯罪の危険にさらされているのはホームレス。ホームレスの増加と治安の悪化は必ずしも関係しない」と訴える。
「ホームレスは見ていて気持ちの良いものではないが、一番の弱者は彼ら。見て見ぬ振りをしていては、問題はいつまで経っても解決しない」と、ホームレス問題への理解を求めた。
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様々な要因が重なり合い、直接的な解決策のないホームレス問題。しかし、共通するのは、「シアトルには低所得者の住める家が足りない」ということだった。賃貸情報サイトRent Jungle によると、シアトルから10 ㍄圏内のワンベッドルームの平均家賃は5年前から50 %増の1604㌦。時給15 ㌦で働く人々には厳しい金額だ。
IDでは低所得者向けを含め、住居手配のための建設が多く始まっている。それでもホームレスを防ぐための支援、ホームレスへの直接支援は依然として不足している。
地元支援団体「ネイバーフッドハウス」のマーク・オカザキ事務局長は、「誰もがホームレス問題に接する可能性がある」と語っている。筆者自身、米国に来てすぐホームレスに話しかけられた時は驚いてすくんでしまった。
だがホームレスは、誰もがなりたくてなった訳ではないこと、またシアトルで誰にでも起こりうる問題だということも実感した。ホームレスに対するステレオタイプを破り、問題に目を向けることが、まず私たちにできることなのではないか。
(記事・写真 = 遠藤 美波)